皮肉

私は、事故に遭遇した今朝までは、10日近く
東北を運転していて、ハッとした事が無かった。

関東の方に比べて車のスピードが遅いのか
無茶な運転を見た事が無かった。
東北の人は大らかなのかなと考えていた。

何でだろうと考えていた矢先の事故だった。

相手からはすみませんと言う言葉も無かったのだが
何故か私は相手の加害者に対して、
それほど悪感情は湧いて来なかった。

加害者も茫然自失の状態だったのかも知れない。

その方は現場検証が終わった後、
すぐに透析を受けなければならないと
保険会社の担当の方から話を聞いたが
本人は私に対して何も話もせず、顔も見せずに
現場を離れた。

警察の事故調書作成の際にも、
相手を厳しく罰して欲しいかと言う
チェック項目があったが、私はごく普通の
処理で構いませんと回答した。

怪我をされた老人の気持ちは、私とは全く異なるでしょうが
自分も同じような加害者になり得る可能性を
考えると、複雑な心境だった。

事故後の対応

今回の事故は、100/0という事で、
先方の保険会社がすべて対応して
頂いている。
合間にその保険会社の担当の方と話を
していたが、その方は震災の時は家は流されたが
家族は全員無事だった、家は無くなっても
家族が無事だったので他は何もいらないと
話をされていました。

事故処理についても、誠実に対応頂いたので
ぽてこさんに渡そうと思っていた三陸のせんべいを
その方に、復興支援の一部と言って何とか
受け取って頂いた。

石巻でおカマを掘られました

今朝小名浜に向かっている途中、踏切で
おカマを掘られました。
車は修理しないと動かせない状況に。
相模原まで運んでもらいます。

とりあえずぽてこさんとは連絡が取れ、
残念でしたがお会いするのはまたの機会と
なりました。

自身は怪我などは無くて大丈夫ですが、
警察からは今日は動き回らないでと言われたので
今日は石巻泊まりです。

代車を借りたので、明日ゆっくりと帰ります。

紺の車が私の車。
黒の軽が踏切手前でわき見運転しバイクにぶつかり、
軽がバイクを跳ね飛ばし、軽が私の車の左後部に
ぶつかった。給油口のフタも閉まらず。
バイクの82才の男性は救急車で病院へ。


石巻の仮設店舗

北上する途中、石巻の情報交流館の隣にあった仮設店舗で、
天丼を食べたらとても美味しかったので、
また帰りに時間が合えば食べに来ると約束をしていた。

今日予定通り顔を出したら喜んでくれ、
今日採りに行ったと言う山菜のおひたしもサービスでつけてくれた。
店をやっているのはまだ30過ぎくらいの男性で
お母さんらしき人と一緒に料理をされていた。
話を聞いたら、彼は大川小学校のそばで被災し
神奈川県からボランティアで来ていた女性と
結婚される様で、彼女もこちらに移住して
くれることになったと言っていたが、
今日その方も店を手伝っていた。

食べ終わったあと、途中で買ったお煎餅を
渡して来た。

再び女川に

女川駅前の観光センターにあった別の記録写真集が
気になっていたので、またここに寄りそれを購入。

上の写真は、駅前にあるフルーツ屋さんに
飾ってあった写真。
頑張って下さいと言って、何も買わずに帰られたらしい。
でも安倍さんは、この店には過去2回立ち寄られて、

2回目は、新しい復興大臣と一緒だったそうで
人気はある様だった。

NHKニュース

昨夜、気仙沼のホテルで夕食中に、偶然にも
NHKニュースで、石巻のリチャードさんの取材の
ニュースが流された。

周囲には他の泊まり客もいたので、
もしかして先日撮影された自分が写ったらと思い、
顔を見られない様にしながら、スマホで写そうと
思いながら待ち構えていたが、杞憂に終わった。

ホッとすると共に、ちょっとガッカリ!
やはり被写体が良くなかったか。

ぼくらはいきる このまちで

奇跡の1本松の近くにある、廃墟となってしまった
気仙中学校の校舎の壁には、
「ぼくらはいきる、このまちで」
というたれ幕が下がっていた。

テレビなどで見るのとは大違いで、現実に目の前に
たれ幕と廃墟となった校舎を見、その時
そこにいた子供達はどうなったのかと考えると
胸に込み上げるものがある。

みんな、ガンバレ!

虚しい防潮堤

どこまでも続く防潮堤
ひっきりなしに工事用ダンプが走り回っている。
小さい時から海を見て育った人には、
耐えられないことでしょう。

そのうち福島から久慈まで、東日本の人は、
太平洋を見ずに育つ人が増えるのでしょうか。
とても悲しいことです。

山行の様子を現地から携帯で投稿したり、日常の生活の中で撮った写真や、徒然なるままに思った事、雑感を投稿。