きっかけ - 山


絵を始めたことはすでに書いたが、私は人物画などは自信もなくあまり興味を持たなかった。 描きたいのは自然や田園の風景であった。そのためには自然のあるところへ行かなければならない。

その頃は、一眼レフカメラもかじっていたので、欲張って水彩画と写真の両方の被写体があるところへ行きたいと考えていた。
しかし、病気のせいでずっとほとんど運動らしきことをしなかったために、体力もなくなっていた。 ずっとこのままで良いのだろうかと考えていた矢先でもあり、水彩画と写真の道具を持って近くの野山へ出かけてみようと思い立った。 森林浴は体にも良いだろうと、勝手な解釈をしていた。 医者には勿論内緒にしていた。

手始めに、近くにある標高の低い高尾山や城山などのあたりにハイキング気分で行ってみた。 半日くらい歩いたり、どこか気持ちの良い広々としたところでシートを広げ横になったり、スケッチをしたりして、夕方に家に帰って来たがほとんど疲れを感じず、爽快な気分だけが残っていた。
翌日になっても、疲れを感じることはなかった。まさに、森から精気をもらったという感じであった。それからたびたび出かけたが、いつも家に帰ってきても心地よい疲れだけが残った。あの、心地よい疲れというのは、何とも言えず気持ちがいい。そんなときにビールでも飲めばもっと気持ちよくなるのであろうが、残念ながら私はアルコールは全くダメである。
それからは、丹沢方面にも足を延ばすことになった。

しかし、丹沢の山の中でじっくりと腰を落ち着けてスケッチをしていると、明るいうちに下山が出来なくなることに気が付いた。 それで、初めのうちは大まかなスケッチだけをして、色付けは家でやろうと思ったが、いざ家で色を付けようとしても何色だったのかさっぱり思い出せない。 やはり色は山で付けなければダメだと思い、子供から父の日のプレゼントでもらった水彩色鉛筆を持って、山に向かった。
しかし、やはり絵を描いていると時間がかかるので、スケッチはそこそこにして家に帰る事が多くなった。

そうこうしているうちに、重たいカメラもリュックから出して、徐々に山を歩くことに重点が移っていった。相変わらず、山から帰ってきた後は、心地よく、翌日も体が非常に調子よく感じられた。 血液検査をしても、ひと頃に比べて薬を打たなければならないほど、具合が悪くなることは少なくなった。

これが私が、山に魅せられる事になったきっかけだった。でも、おかげで今は水彩画はそっちのけになっている。

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