注意力


昨日例によって丹沢を歩いたが、初めて気が付いたことがあった。それは、今まですでに何度も目にしていたはずの標識である。

それは、川を渡る橋の手前に立っていて、今までに何度かそこの川の水で体を冷やした場所であった。昨日も余りの暑さで、川の水でタオルを濡らしていたら、他の中年女性2人組の人から、「おじさん、ここに名水があるよ」と声を掛けられた。私よりも、明らかに年輩のおばさんに、おじさんと言われ少しムッとしたが、確かに指を指す所に水が出ており、直ぐそばに「全国名水百選 秦野盆地湧水群水地」と書いた背の高い立派な標識が立っていた。

その標識は新しく立てられた様子もないので、今までずっとそこにあったはずである。それなのに何故今まで気が付かなかったのか、不思議でしょうがない。

人間とは不思議なもので、実際には見えていながら、見ていないとか、聞こえていながら、聞いていないということが良くある。
町中を歩いていても、普段全く用事のない店には関心が無く、何の店かも知らない。 ところが、いざ必要になり、探し回ってこんな所にこんな店があったのだと気づいたりすることがよくある。
先日の、丹沢で沢山の鳥の声に気が付いた時もそうであった。おかげで最近は、歩いていて鳥の声によく気が付くようになった。

関心がある事には、すぐに気がつき、すぐに覚えたりするが、関心がないことには、気が付かないしましてや覚えられない。何でもかんでも気が付きすぎると、人間疲れるものだ。 疲れないために、体が自動的に防御機能を働かせているのだろう。

エライ人が「私は聞いていない!」とか、「私は知らない!」とか言うのも、防御機能を働かせているからであろうか?

IT


昨日、パソコンショップに寄ったが、相変わらず沢山のお客が来ている。その中には、店員さんに対してかなり初歩的な質問をしているシニアの方も多い。
しかし、私はいつもそのような光景を見て不安に思うことが多い。 それは、もしそのような年配の方々がいざパソコンを購入しても本当に使えるのかという不安である。 買ったけれども、ホコリをかぶって使わない、使えないままになってしまっている人がどの位いるのだろうか。

売る側の店の人は、当然そのような危惧は全く口には出さない訳で、誰でもみんなやっているのだから大丈夫ですよ、慣れれば簡単ですよ、というような甘いことを言って買ってもらおうとしているはずである。

しかしながら、以前に我が家で実際に家族にパソコンを使わせようとして、教え始めたが、全く知らない人に教えるのは、並大抵ではない事を実感した。 教えられる側にも、相当な努力が必要であろうが、教える側にも怒り出さない忍耐力が必要なこともわかった。

パソコンを買っても、家族の中に多少パソコンを知っている人がいればまだしも、そのような人がいなければ、いったんトラブルが起きると、恐らく自分で対応するのは百%不可能だろうと思う。

現在、IT講習会が各地で行われ出したが、実際にこの様な講習会に出てくる人は、今のところ基礎の基礎は家で覚えて来る人が多いようである。 しかし、それでもちょっとしたトラブルが起こるともうお手上げとなる。 講習会で1度だけ習っても、そう簡単には覚えられない。 老人力が付いてきているから、しばらくするとすぐに忘れてしまう。 IT講習会のフォローが重要な役割を持って来ると思う。

私が参加しているボランティア団体は、このようなIT講習会を受けた人達のフォローをしようというのが主目的である。しかし、市側とのいろいろな確執、教えるにあたっての設備の問題など、まだ実際の活動がスタート出来ない状況にある。

先週、団体内での勉強会が終わった後、駅に向かう途中で、ちょうどIT講習会を終えてシニアの女性達が会場から出て来るのに出会った。 つい、私たちがフォローして差し上げますよと言いたくなった。
困っている人が沢山いるはずなのに、なかなか出番が無いというのもおかしな状況である。

父娘


ずっと昔に、父と娘が仲良く二人で街へ出かけ、娘が父の腕に手を回し、娘にねだられて父がデパートで何かを買ってあげるという場面をテレビで何度か見たことがあった。自分もいつかはそんな時が来るのかなと思ったりしたことがあったが、腕に手を回すまでは行かないが、今日その時が来たようだ。

娘が、20歳の誕生日を迎え、MDを買ってやることになっていたので、二人で車に乗って街へ出かけた。ちょっと離れた駐車場に車を入れ、二人で並んで話をしながら、電気店に向かった。電気店の中でも、MDだけでなく、今年の夏に娘が旅行に行くというので、旅行先で必要な変圧器、ヘアドライヤー、旅行用トランクなども一緒に見て回った。
とりあえず、今日はMDだけを買ったが、そのあと別の店にもトランクを見に行った。 お腹もすいたので、同じ建物内にある店で私はアイスを、娘はクレープを頼み、ひとつのアイスを二人で食べた。
娘とは、ごく普通の会話が出来るようになり、大人になったものだなあと思うと同時に、時の流れの速さをつくづくと感じた。

今日は、夕方にはにわか雨が降るかも知れないとの天気予報であったが、空は明るかったので、私は傘は持たずに家を出たが、娘は傘を持ってきていた。 娘に、もし雨が降ったら、一緒に傘に入れてくれと言うと、「とんでもない。絶対イヤだ。」というので、「一緒に買い物に来ているのになぜだ」と言うと「今日はMDを買ってもらうから、一緒に来ているだけなんだから」と。

満員電車


今日は夕方になってから非常に激しい雷雨となり、電車が徐行運転をしているらしく、会社を出て駅に着いてみると沢山の人がホームで電車待ちをしていた。

この蒸し暑いのに、超満員の電車に詰め込まれる事を思うとうんざりした。 しかし、最初の電車が来てもすでにぎゅうぎゅう詰めになっており、ホームで待っている人の半分位しか乗ることが出来なかった。私も、乗れなかったが、風が冷たくなりうっすらとかいた汗を鎮めるのにちょうど良いと思い、本を読みながら次の電車を待った。しかし、結局次の電車も超満員で乗れなかった。仕事で疲れた体を、無理矢理電車に乗り込ませていった人たちを見ると、感心してしまう。

そこで、反対側の上りの電車に乗って、終点まで行き折り返してそのまま電車に乗って来ることにした。上りの電車はいつものことながら、夜はがら空きである。 上りの電車を利用する人と、下りの電車を利用する人は料金に差をつけるべきだといつも思うが、おかげでゆったりとシートに座りながら本を読むことが出来る。 終点まで行って更に折り返して来るので、ずっと座ったままで読書に集中でき、しかも人が少ないので、電車の中はひんやりとする位クーラーが効き、快適な読書の時間を持つことが出来た。

いつも利用する駅では、もうすでに乗り込んでくる乗客も少なくなっており、混雑はとっくに終わったようであったが、おかげで今日はずっとすいた電車に乗って帰宅することが出来た。たまには、こんな遠回りも良いと思う。

当然の事ながら、帰宅までの時間はいつもより余計にかかったが、おかげで今日は99冊目の吉村 昭の本を読み終えることが出来た。
記念すべき100冊目の本は、「魚影の群」になりそうである。

電子メール


今や電子メールは、仕事の上では無くてはならないものとなっている。 会社においては、ほとんどの連絡や指示、報告などが電子メールで行われる。

個人のメールも然りで、手紙よりもはるかに気楽にメールを出せるし、手紙のように2,3日も待つこともなく、ほとんどリアルタイムで相手に伝わる事が最大のメリットであろう。 仕事だけでなく、日常生活でも欠かせないものになって来ている。

もう5,6年以上も前になるが私も、掲示板で知った何人かの人としばらくメールでやりとりをしていた時期があった。 全く知らない相手ということもあって、本音ベースで自分の考えや感想をお互いに書き合うことが出来た。しばらくメールを交換していると、相手の性格もかなり分かって来て、そのような人同士が、実際に会ってみようと考えるのも不思議ではないと思う。
メル友に殺されるなどと言う物騒な世の中になってきているのは、非常に残念で迷惑な話ではあるが。

話は変わるが、昨日は北海道から東京に出てきた(熊が出てきたわけではないが)兄夫婦と1年半ぶりに都心で会った。一年半ぶりなのに、長く会っていないという感じが全くしなかった。なぜだろうと考えていたが、多分兄とはメールで一年くらい前から時々近況を伝え合っていたために、ブランクを感じなかったのだろうと思う。
これも電子メールだから頻繁に近況を伝えることができたのであり、電話ではこうは行かない。
女の姉妹ならいざ知らず、男の兄弟同士でいつも長距離電話をしあうなんて図は、サマにならない。 周囲に気持ち悪がられるだけであろう。

携帯電話


携帯電話の普及の速さには目を見張る物がある。日本全国で6千万人を超えていると言うから、年寄りや幼児を除いてほとんどが持っている計算になる。

これだけ普及していると、その使用時のマナーも気にかかる事が多くなってくる。

電車の中で電話がかかってくると、普通の神経の持ち主なら、周囲の人に済まなそうに小声で応答すると思うのだが、会社の事務所の中にでもいるかの如く、平然と大きな声で応答している人がいる。そばで本を読んでいるとびくっとしてしまう。ペースメーカを付けていなくても、心臓に良くない。

また、電車の中で、電車が何駅も通過しても、まだずっとしゃべり続けている若者がいると、電話代が嵩むのになんでこんなに長い時間携帯電話で喋る必要があるのかと腹立たしい思いさえしていた。聞こえてくる電話の内容は、私にはどうでもいい内容にしか聞こえないのだが。

しかし、最近はその見方も変わってきた。どんどん喋ってくださいと言う思いである。ただし小声でお願いしたいが。何故なら、彼ら若者がどんどん使って、携帯電話会社にお金を沢山払ってもらえると、電話会社は電話料金を安くしてくれて、結局私たちにメリットが出てくると気が付いたからである。

電車の中ではペースメーカに悪影響を与えるので、電車の中での携帯電話は勧められないが、電車の中以外ではどうぞ飽きるほど喋ってください。

きっかけ - 山


絵を始めたことはすでに書いたが、私は人物画などは自信もなくあまり興味を持たなかった。 描きたいのは自然や田園の風景であった。そのためには自然のあるところへ行かなければならない。

その頃は、一眼レフカメラもかじっていたので、欲張って水彩画と写真の両方の被写体があるところへ行きたいと考えていた。
しかし、病気のせいでずっとほとんど運動らしきことをしなかったために、体力もなくなっていた。 ずっとこのままで良いのだろうかと考えていた矢先でもあり、水彩画と写真の道具を持って近くの野山へ出かけてみようと思い立った。 森林浴は体にも良いだろうと、勝手な解釈をしていた。 医者には勿論内緒にしていた。

手始めに、近くにある標高の低い高尾山や城山などのあたりにハイキング気分で行ってみた。 半日くらい歩いたり、どこか気持ちの良い広々としたところでシートを広げ横になったり、スケッチをしたりして、夕方に家に帰って来たがほとんど疲れを感じず、爽快な気分だけが残っていた。
翌日になっても、疲れを感じることはなかった。まさに、森から精気をもらったという感じであった。それからたびたび出かけたが、いつも家に帰ってきても心地よい疲れだけが残った。あの、心地よい疲れというのは、何とも言えず気持ちがいい。そんなときにビールでも飲めばもっと気持ちよくなるのであろうが、残念ながら私はアルコールは全くダメである。
それからは、丹沢方面にも足を延ばすことになった。

しかし、丹沢の山の中でじっくりと腰を落ち着けてスケッチをしていると、明るいうちに下山が出来なくなることに気が付いた。 それで、初めのうちは大まかなスケッチだけをして、色付けは家でやろうと思ったが、いざ家で色を付けようとしても何色だったのかさっぱり思い出せない。 やはり色は山で付けなければダメだと思い、子供から父の日のプレゼントでもらった水彩色鉛筆を持って、山に向かった。
しかし、やはり絵を描いていると時間がかかるので、スケッチはそこそこにして家に帰る事が多くなった。

そうこうしているうちに、重たいカメラもリュックから出して、徐々に山を歩くことに重点が移っていった。相変わらず、山から帰ってきた後は、心地よく、翌日も体が非常に調子よく感じられた。 血液検査をしても、ひと頃に比べて薬を打たなければならないほど、具合が悪くなることは少なくなった。

これが私が、山に魅せられる事になったきっかけだった。でも、おかげで今は水彩画はそっちのけになっている。

ホームページ


先頃のゴールデンウィークの最中にやっと個人のホームページを立ち上げた。 とはいってもいまだ工事中だらけであるが。
内容はご覧のように丹沢山行のHPである。 これで私もホームレスではなくなった。

なぜ、丹沢のHPを作る事になったかというと、あまり深い理由はないが、敢えて挙げるとすれば、山の事以外にはHPの更新を続けられるようなコンテンツが見あたらないからと言うことと、市販の山のガイドブックには載っていないような情報をHPに載せて、丹沢を歩く人に道に迷わないようにして欲しいというのが理由である。

山を歩く人は、2度や3度は誰でもあるとは思うが、私も過去何度か丹沢で道を間違えて、思わぬ方向に登ってしまったという経験がある。 あとで2万5千の地図をよく見ると道がわかったり、逆に地図と実際が違っているために間違ったりなどと言うこともあった。
そこで、そのような間違えやすい場所の写真をHPに掲載し、これからそのルートを歩こうと思っている人に少しでも参考になるようなHPに出来たらと思っている。 まだ道は遠いが。

というのも、デジカメで写真を撮り始めたのが昨年の冬のボーナス以降なので、それ以前の写真は全くない。 今は一生懸命HPに載せるために写真を撮り貯めをしているという状況であるが、まだ撮っていないところがほとんどであり そのためには以前に歩いたコースをまた歩かなければならない。

丹沢山塊の全ての登山コースの写真全てがそろうには何年かかるか、楽しみのひとつでもある。

電車の席取り


今朝も電車の中で不愉快な思いをした。
私の右隣に座っていたおばさんが、電車がホームに着き、おばさんの右隣の席が空いたとたん、ぱっと空いた席の方に横にずれてしまった。そこはシートの一番端でパイプの手すりがあるところだった。
そのために、当然その空席に座れると期待していた前に立っていた男性は座れなくなり、唖然としていた。逆に、私の隣に空いた席には別の男性が、何らためらう風もなくさっと座ってしまった。
当のおばさんは、すでに何事もなかったかのように手すりに頭を付けて目をつぶっていた。
空いた席に優先的に座れる人は、まずはその席の前に立っていた人だと思う。 ところが、今朝の様な状態では、当然の権利が侵されてしまっている。 自分には直接関わりのないことかも知れないが、朝から不愉快にさせられた事に私は腹立たしさを覚え、そのおばさんの顔を睨んだが、目を閉じてまったく動かなくなってしまった。さきほどの機敏さはどこに行ってしまったのか。

もっと不愉快なのは、空いた席にあわてずゆっくりと腰を下ろそうとしている人を巧みにすり抜けて、脇の方から素晴らしく機敏な動きで、空席に座ってしまう輩である。 先に座ろうとしていた人が、ビックリして席の方を振り返ると、そこにはもうちゃんと先客が座っていて、先客の膝の上に座りそうになってしまう。 このような厚顔無恥なことをするのはおばさんだけでなく、おじさんにも沢山いる。

このような人々があまりに多く、日本人の謙虚さ、互譲の精神は一体どこに行ってしまったのだろうかと嘆かわしくなってくる。。そもそも互譲という言葉も知らない人も多いのかも知れない。

そのような光景を見ていると、いくら足腰が衰えてきたとしても、私はあそこまで見苦しいことをしてまで絶対に席には座らないぞと言う気持ちになる。

不当な、醜いやり方で席をもぎ取った人というのは、なぜか席に座ったとたんすぐに目を閉じてずっと寝ていたようなふりをする人と、周りを横柄に見回して何か文句があるかと言わんばかりの2通りの人種がいるようである。 やはりやましいと感じてはいるのだろうか。

きっかけ - 水彩画


病気のおかげ。
病気をしてからは、しばらく長い間にわたり肉体的に無理をしたり、精神的ストレスを与えないようにと医者から言われ続けていた。睡眠時間も7,8時間取るようにとも言われた。
今でもそれは基本的には変わってはいないのだが。 しかし7,8時間も寝るとなると、会社から帰宅してもほとんど何も出来ずに、すぐ寝る時間になってしまう。
また、そのような生活に体が慣れてしまうと、ちょっと無理をすると体がだるいと言う状態になり、悪循環となっていた。

そんな状態が10年以上も続いていると、好きなことも出来ずにこのままの人生で終わってしまっていいのだろうかと、考えてしまう。

そんな時に、たまたま画家の安野光雅先生の「風景画を描く」という番組がNHK教育テレビで放映されていた。 ヨーロッパの各地を旅して水彩画を描いている様子などが映し出されていた。 安野先生の絵は、ど素人の発言で誠に失礼だが、私にも描けそうだという気を起こさせる絵で、その番組で紹介されていた絵は私の好みにも合っていた。

絵を描くのなら、体力もあまり使わないし、金もあまりかからないので、やってみようと思い立ち、水彩画の画材を買い揃えた。 初めのうちは、安野先生の絵をまねたりして色々描いていた。
絵を始めてからしばらくして、新宿で安野光雅展が開かれていたので、早速見に行った。 本ではすでに安野先生の絵は色々と見ていたが、原画を初めて目の前にしたときは、非常に感激したことを今でもはっきりと覚えている。 背筋がぞくぞくするというが、まさにぞくぞくしたのである。おそらく絵を見てそのような感動を覚えたのは、その時が初めてだったと思う。

山行の様子を現地から携帯で投稿したり、日常の生活の中で撮った写真や、徒然なるままに思った事、雑感を投稿。