1998年       今年の山行は合計23日間(まだまだ少ない)

                         
月 日 曜日 山名(コース) 交通手段 同行者 メモ
12月12日 ユーシン渓谷沿い−青崩洞門−ユーシン−熊木沢出合−塔ノ岳−鍋割山−鍋割峠−熊木沢出合と尊仏ノ土平の中間地点に出る−ユーシン−玄倉のゲート   今朝はヘッドライトを点けて出発。
鍋割峠−熊木沢出合と尊仏ノ土平の中間地点の間は、ヤセ尾根で崩落していてかなり危険な個所もあった。ここは、山の会の人がルートを作ったと後から聞いた。このあたりで、初めてニホンカモシカを見かける。
ユーシンから玄倉までの林道はあまりにも長い(2時間半くらい)ので、車が来れば乗せて欲しいと思っていたが、結局1台も通らず。人も通らず。
12月11日 玄倉の先のゲート前(車中泊)   夜家を出発。 明朝塔ノ岳に登る。目が慣れても周りは真っ暗闇で、全く何も見えない。恐いくらい。満天の星。
11月21日 西丹沢自然教室のあたり   初めは、ユーシンまで車で入って、塔ノ岳に登る予定であったが、玄倉からちょっと行ったところでゲートがあり入れないため、急遽予定変更。地図では入れるように書いてあったが、実際にはユーシンロッジを利用する客だけがゲートの鍵を受け取り中に入れる仕組みになっていた。
檜洞丸へ変更したが、途中道を通り過ごしたりで、時間が無くなったため、用木沢出合から犬越路方向にちょっと入った河原で昼食。写真(まだデジカメではなく、一眼レフ)を撮る。
11月14日 京急追浜駅−鷹取山   山の会 山の会の「三点支持練習」
ベルトとザイルで安全確保をしながらではあるが、初めて簡単な岩登りをした。また、懸垂下降も初めてやった。最初は恐ろしかったが、やれば出来る。
11月8日 関場−要倉山−高茶山(金森山)−和田峠−陣馬山−藤野駅 電車 山の会 山の会の地図読み山行である。
先週の座学の実践。常に自分のいる場所がハッキリ分かっていないと、コンパスを使っても方向を決めたりするのは難しい事を知らされた。
10月25日 馬渡−秋葉山−半原越−経ケ岳−平山−田代坂下 バス   近くの駅からバスが出ているので、そこから登山口まで手軽に行ける。往復バス。
10月3日 観音平−早乙女ケ原展望台−三ツ頭−権現岳−のろし場−編笠山−押出川−雲海−観音平   権現岳(2,715m)は富士山を除いて、今までで一番高い山。ガイドブックに権現岳の手前で、ルートがわかりにくい所があると書いてあったが、確かに見落としやすい所であった。先に行く人がいたので、問題はなかったが。編笠山は非常におもしろ山。大きな岩を積み上げたような山である。
10月2日 中央高速 八ヶ岳SA(車中泊)   明日の権現岳のために、近くで泊まり。
9月26日 蓑毛−ヤビツ峠−二ノ塔−三ノ塔−大倉 電車   三ノ塔からは三ノ塔尾根を通って大倉に下りる予定だったが、道を間違えて林道を歩く羽目になった。あとで、新しい2万5千の地図を見るとちゃんと、道が載っていた。やはり、地図はちゃんと新しいものにしておくべき。
9月19日 電車 煤ヶ谷−登山口のちょっと先まで 電車+バス   今朝まで雨が降っていたためか、登山路に沢山蛭がいたらしく、靴のひもの間や靴の中などに数十匹蛭が取り付いているのに気が付く。ライターの火などで取り除いたが、小さいので全部取れたかどうか不安。そのうち体もむず痒くなってきて、もうたまらないので、今日は諦めて下山。途中でも体に付いていた蛭を落としながら歩いた。民家のそばには、このあたりで蛭を落とさないようにとの注意書きがしてあった。ごめんなさい。
電車の中でも腰から背中にかけて痒かったが、蛭がまだ付いていたとは思わなかった。
家に着いてから、玄関先で服を脱いで裸になったら、私の血をたっぷり吸った蛭がポトリと下に落ちた。妻もびっくりして、遠ざかった。何と直径2mm、体長2,3cm位の茶色っぽい蛭が、血を吸って直径6,7m、体長4,5cm位までに黒く膨れあがっていた。結局、体の5ヶ所から血が流れ出ていた。血が止まるのに、3時間かかった。思い出すだけでも、気持ち悪い。ぞっー。
でも、今後に役立つ良い体験だった。
9月5日 三叉路(宮ヶ瀬)−金冷シ−本間の頭(東峰)−宮ノ平バス停 電車+バス   4時起床。本厚木前からのバスで、宮ヶ瀬の三叉路まで。三叉路から本間の頭まで、地下足袋を履いた男性と一緒になった。
7月11日 半原−撚糸組合前−仏果山−高取山−撚糸組合前   今日も大汗。
6月20日 大倉−塔ノ岳−大倉 電車 山の会 今日は山の会の月例塔ノ岳。レベル分けで、私はBクラス(10kgの荷物で、大倉から塔ノ岳山頂まで、3時間、休憩は含まず)で登る。今日も非常に蒸し暑く、早くも出発直後に汗でぐっしょり。
5月30日 西丹沢自然教室−大滝キャンプ場−一軒屋避難小屋−大滝峠上−畦が丸−善六ノタワ−権現山登り口−西丹沢自然教室   最初の大滝キャンプ場入口で、標識を見落とし間違える。一軒屋避難小屋にはオウム真理教の手配書が貼ってあった。畦が丸の頂上は狭く、展望は無し。畦が丸避難小屋が有るところの方が展望良し。今日は非常に蒸し暑く、衣類は全て汗と笹の葉の水滴でぐっしょり。汗かきなので、水はいつもお湯も含めて、2.5〜3.0リットル持参している。
5月1日 蛭ケ岳−檜洞丸−犬越路−用木沢出合−西丹沢自然教室 電車   4:30起床するも、あたり一面霧で日の出は拝めず。残念。蛭ケ岳山荘を出てしばらくすると急なガレ場が続く。
檜洞丸から犬越路へ向かう最初のあたりの道はかなり急な個所も多く、鎖場でこわいところがあった。
下山時に同じ蛭ケ岳山荘に泊まった人と行動を共にすることとなった。用木沢出合に車を停めていた夫婦とも犬越路で一緒になり、中川温泉まで乗せてもらった。皆信玄館の風呂に入る。
帰りに玄倉でオウム真理教の集会をやっていた。
4月30日 大倉−塔ノ岳−丹沢山−不動の峰−蛭ケ岳(蛭ケ岳山荘泊) 電車    各ポイント毎での時間目標を立てて、塔ノ岳まで登ったが、目標を小刻みにしたせいか早く登れた。 尊仏山荘の人とコーヒーを飲みながら話をしたが、蛭ケ岳山荘は改装してから余り評判は良くない様子。
不動の峰休憩所で水を汲みに5分位下ったが、戻るときに急坂を登るのに非常に苦労した。戻れないかも知れないと思った。
蛭ケ岳山荘で衛星電話を見せてもらったが、当社製だった。布団は3人に2枚。
4月18日 蓑毛バス停−大日堂境内−ヤビツ峠−−大山−蓑毛 電車 山の会 今日は、入会した山の会の「新入会員初心者の為の登山教室」
大山山頂で撮った集合写真が、雑誌に載った。(後日ひょんなことから、その雑誌を見つけ、またひょんな所で、その雑誌を買うことが出来た。偶然の重なり。)
また、山頂で偶然にも会社の人に会う。
4月4日 用木沢出合(手前)−犬越路隧道−日陰沢−犬越路−大室山−加入道山−白石峠−白石の滝(別名 大理石の滝)−用木沢出合   3:50起床(山に行くときはいくらでも早く起きられるから不思議だ)。
犬越路に行くのに間違って、林道を行ってしまった。途中の樹氷がきれい。日陰沢側から犬越路に登るとき、大量の溶け落ちた樹氷が砂のように沢を滑り落ちていく音が川の様だった。犬越路避難小屋を覗いて見たが、そこにあった布団はとても使う気にはならないようなものだった。大室山山頂にはまだ雪が1m位積もっている。 シートを敷いて昼を食べていたが、歩く道筋だったらしく、登ってきた人に嫌みを言われた。(あとで、気が付いたが私が入会した山の会の人だった。)
今日は一日素晴らしい快晴だった。
3月21日 西丹沢自然教室−ゴーラ沢出合−檜洞丸−ゴーラ沢出合−西丹 電車 息子 4:40起床。出来るだけ近くになってからコンビニでおにぎりを買おうと思っていたら、途中全くコンビニが無くなり買えず。足柄SAで買ったお菓子をお昼として持っていく。 途中から雪があり、二人ともアイゼンを装着(3/18 4本爪のアイゼン購入)。檜洞丸は天気が悪く非常に寒い。息子の靴に雪が入ったり、浸みたりして、非常に寒がったので、色々着せたり暖かい野菜スープを飲ませたりして何とか収まる。雪が柔らかく足が埋まってしまうので、息子にスパッツも付けてやる。
3月20日 足柄SA 電車 息子 明朝の為に、夜、家を出発し足柄SAまで行く。 ここであしがら湯に入る。 足柄SAで車中泊。
3月14日 蓑毛−ヤビツ峠−岳ノ台−菩提峠−くずは青少年センター−菩提原バス停 電車   3月一杯は雪のためバスはヤビツ峠までは行かず。菩提峠の手前にハンググライダーのスタート台が作られていたが、これは、神奈川ゆめ国体の会場になるとのこと。
2月21日 大倉−金冷し−大倉 電車   天候が悪くガスが出ていて、遅くなりそうなので塔ノ岳山頂はあきらめ。金冷しから小丸まで行って二俣に下りようかと思ったが、小丸方面もかなり雪が多く時間がかかりそうだったため、まっすぐ大倉に下りる。
1月31日 高尾山口−稲荷山コース −高尾山−3号路−高尾山口 電車   初めてアイゼンを使用。 途中は雪が無くなったが、山頂付近はまだ雪があったが、柔らかかったためアイゼンをはずした。
1/15の雪は104cmだったと。今日は34cmとの表示有り。
1月24日 半原−仏果山(断念)   先週買った軽アイゼンを持って行く。先週1/15の大雪で道路脇に雪が沢山あり、駐車場所見つけるのに苦労。仏果山への入り口では脛のあたりまで積雪があり、ワカンが無いと進めない。断念し引き返す。


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